志村 孚城(しむら たかき)先生のコラム

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志村 孚城先生

日本早期認知症学会 理事長。日本生体医工学会BME on Dementia研究会 会長。富士通に在籍中に、医療・福祉機器やシステムの研究開発や認知症の研究などに携わったのち、浜松市内で、デイサービスセンターを運営。実際のケアに携わりながら、認知症の研究・予防・対策に積極的に取り組んでいます。

第3回:認知症予防講座3(2012年09月13日)

記憶を思い出そうとする人

前回はアルツハイマー病の初期症状の「もの忘れ」は、比較的近似記憶が障害され短期記憶や遠隔記憶は残ると述べましたが、もう少し「もの忘れ」についてお話を進めたいと思います。

物事の記憶のメカニズムの研究は、神経細胞の動きから細胞の集合体の働き、脳全体の動きと解明していくボトムアップのアプローチと、脳全体の動きから脳を幾つかの領域に分けて徐々に細分化して調べていくトップダウンのアプローチがありますが、その二つの理解の間には大きな空白があります。ここでは、トップダウンの考え方でお話します。

人間は日常活動中に、脳は五感と体内から膨大な情報(10億ないしは100億ビット/秒)を受け取ります。0.2秒ほどそれは記憶されますが、その場所を感覚一時記憶(SIS:Sensory information storage)といいます。SISに入った情報のごく一部(約100ビット/秒)が前述の短期記憶(STM:Short-term memory)に送られます。STMは循環型の記憶で、7個の情報格納セルに分かれています。SISから入ってきた情報は概念や出来事などをひとまとめにしてセルに格納します。新しい情報が入ってきたら、前の情報を右に移動して空いた所に格納します。次々と新しい情報が入れば情報を右にシフトしていき、出口で循環して保存するもの、長期に記憶したい情報、忘れても良い情報を選別します。この経緯を図1に示しますが、STMは循環型の記憶装置の形態になります。長期に記憶したい情報は長期記憶(LTM:Long-term memory)へ送られます。

図1 感覚一時記憶から短期記憶、長期記憶への経緯

LTMに送られた情報は消えないと言われていて、「もの忘れ」は記憶を引き出せないだけだと言われています。STMから送られてきた概念や出来事などは、図2に示す例のごとく

図2 連想記憶の例

関連(矢印)を付けて記憶されますが、これを連想記憶と言います。記憶を引き出す時は、この矢印を利用して思い出すので、これを想起とか連想と言います。LTMに蓄えられている記憶は膨大なので、想起はまず大きなスポットライトを当て関連する情報を探します。関連する情報が見つかれば、そのスポットを徐々に絞っていき目的とする記憶情報に到達します。

たんぽぽ

新しい情報の記憶はLTMに既に記憶されている情報と連想させて、すなわち図2に示す連想の矢印を作って記憶させるわけです。沢山の矢印を付けて記憶すればするほど想起がスムースになることは容易に理解できると思います。日本人はカタカナの人の名前がなかなか覚えにくいのですが、カタカナの羅列であり意味がない言葉は過去の関連情報がないので連想の矢印を作って記憶させることはできません。せいぜい新しい関連情報を同時に記憶して連想の矢印を付けて覚える程度のことになります。従って、その言葉の想起はなかなか困難になります。すなわち「もの忘れ」の防止策は記憶時にさかのぼり、記憶時に如何に多くの連想記憶の矢印を増やして記憶させるかにかかっています。

ここで私のLTM記憶の引出が旨く働かなかった体験を披露しましょう。
3年前に15年ぶりに講演のため岡山を訪れた時のことです。私は15年前に西明石に単身赴任していた時、念願の好きな備前焼を作ってみたい思いで岡山から在来線に乗り換え何度も備前焼の里を訪れました。その結果、某窯元の指導を受けられることになり土も別けて頂き、手捻りのまねごともしました。新幹線が岡山に近づくにつれて備前焼の里を訪れていた昔の出来事をいろいろと思い出し感傷的になっていましたが、突然備前焼の里のJRの駅名が出てこないことに愕然となりました。伊部と書き「インべ」と読む駅です。誰でもやるように、私は岡山駅から乗ったタクシーの運転手に直ぐに聞き出しました。ああそうだったかとそこで終わっていたら、伊部は二度と想起出来ないことになったでしょう。私は出迎えてくれた講演会の主催者ともこの「もの忘れ」の話をし、講演会の中でも自分の「もの忘れ」の例として意識して伊部を取り上げました。意識的に連想の矢印の構築に努めた次第です。その結果、今も皆様に伊部をお話出来るわけです。

この私の体験は「もの忘れ」対策の参考になりませんか・・・・・


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