志村 孚城(しむら たかき)先生のコラム

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志村 孚城先生

日本早期認知症学会 理事長。日本生体医工学会BME on Dementia研究会 会長。富士通に在籍中に、医療・福祉機器やシステムの研究開発や認知症の研究などに携わったのち、浜松市内で、デイサービスセンターを運営。実際のケアに携わりながら、認知症の研究・予防・対策に積極的に取り組んでいます。

第4回:認知症予防講座4(2012年10月03日)

認知症予防講座2,3で紹介してきたような記憶のメカニズムを踏まえて、今回は軽度なアルツハイマー病の方の「もの忘れ」の維持改善を皆様と一緒に考えましょう。

軽度なアルツハイマー病の方は、一般にSIS(感覚一時記憶)とSTM(短期記憶)は正常で、LTM(長期記憶)の中の近時記憶は障害されますが遠隔記憶は一部が障害される程度が多いようです。

STMの記憶は1分程度と言われます。しかし、会話中の話題が循環記憶のサイクル(図1参照)に入り同じ話題が続けばより長く記憶が続きます。このために、通常の会話が成立することになるのです。1分前情報が消えていく認知症もありますが、この場合の会話は話し手の意思の主張に終始したり、話のつじつまが合わないので聞き手が付き合えない流れとなり、会話は成立しなくなります。

図1 感覚一時記憶から短期記憶、長期記憶への経緯

開けた風景

近時記憶が障害されている人に対して、会話中に近時記憶に関する「朝ごはんで何を食べたの?」「昨日デパートに買い物に行ったでしょう」などの話題は出さないようにしましょう。答えが返ってきません。(近時記憶が落ちてきて)直ぐ前のことを忘れてしまうようになっていることを本人自身が意識しているのが一般的で、このような問いかけや話題を会話の題材とすることは本人の自信喪失感に追い打ちをかけることになりますので避けましょう。STMが生きていれば、近時記憶に頼らない話題の会話で十分に楽しむことが出来ます。

図2 連想記憶の例

次に、STMが健常であるが遠隔記憶の一部が障害される場合について話を進めましょう。遠隔記憶の一部が障害されることはLTMの想起のメカニズムが完全には働かないことを意味します。具体的には図2に示した「連想の矢印が繋がらず想起に失敗する場合」と「想起しても関連の情報が引き連れられない場合」に大別されます。私の御世話している通所介護事業所における介護経験から、前者の場合が多いですが、後者の場合もよく見られます。ここでは、後者の場合の例をあげ進行予防の対策を提案しましょう。

Aさんはかなりの頻度で「自分は新婚前でこれから結婚するのに支度が大変だ、なのにお金がないからお嫁にも行けない」の世界に嵌まってしまいます。原因は前述の「想起しても関連の情報が引き連れられない場合」に相当します。結婚前の嫁入り支度にお金がかかったことが想起されるのでしょう。一方、Aさんは従来管理していた家計を取り上げられてお金を持たされて無いことに強く反発していますが、これもLTMに記憶されています。どのような作用があったか不明ですが、この二つの記憶が強い連想の矢印で結ばれて記憶され、想起された結果は常に一体の情報として顕在化しています。なんとか、このこんがらがった矢印を解きほぐそうと考えました。

散歩を楽しむ老夫婦

Aさんの前頭前野は健在で、自分自身の「もの忘れ」や「思い違い」を客観的に見る力があるので「自分はどうしようもない馬鹿になっている」と訴えます。Aさんが結婚前の世界に没頭している時に、これを真正面から否定することは逆効果ですのでしてはいけません。話を切り替えて、「在所(実家)はXXX町でしたね」「今どなたが住んでいらっしゃるのですか」などと結婚して出てきた家のことを話題とした会話をします。同時に、「同居しているのは誰ですか」「毎日どこに出かけるのですか」などの家族の話題を出します。Aさんはこれらの想起はかなり正確にできますので、会話をしながら時々「自分が結婚前だ」と言っていたこととの矛盾に気が付き深刻に考える様子が窺えます。

現在、少しずつ改善の方向に向かっていますが、記憶モデル的にみると間違った連想の矢印を取り除き、時系列的連想記憶の矢印の再構築を促しているのだと意識しています。

軽度アルツハイマー病の一形態について改善・予防の道標を示したわけですが、考え方のポイントは①記憶のモデルに立ち戻って考えること、②直接的否定をせずに残存記憶から遠まわしに是正するように働き掛けること、とまとめます。


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